本能寺の変の黒幕は家康?秀吉?噂を調べた結果

織田信長が家臣である明智光秀に裏切られた事件。そう、あまりにも有名な本能寺の変です。

この本能寺の変は分かっていないことが多く、謎の多い事件ともいわれています。それ故、本当の黒幕は誰なんだという噂も後をたちません。

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「黒幕は家康だ!違う秀吉だ!黒幕なんかいやしない。光秀の恨みによるものだ!」などなど噂が噂を呼んでいる状況となっています。

そんな中、妙に説得力のある黒幕の存在が浮上してきました。

その人物は秀吉の懐刀。軍師「黒田官兵衛」です。

官兵衛は秀吉のもっとも近くにいた人物で、戦いのときには官兵衛の策のおかげで勝てたものも数知れません。そんな官兵衛は、信長に恨みがあったという話があります。

信長は自分に逆らった家来の荒木村重を説得するために、村重と仲の良かった官兵衛を向かわせます。しかし村重は官兵衛の説得に応じず、官兵衛を土牢に1年間も閉じ込めます。官兵衛が戻らないことを不振に思った信長は、官兵衛が村重と共に謀反を起こしたと逆上。

信長は秀吉に、人質となっていた官兵衛の嫡男「松寿丸」を殺すように命じます。ちなみに松寿丸は、同じ軍師「竹中半兵衛」の計らいにより命を助けられています。

しかし官兵衛は、信長の勘違いにより嫡男「松寿丸」を殺されかけたのです。この出来事は、官兵衛が信長に恨みを持つ大きなきっかけとなったことでしょう。

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こうしたこともあり、官兵衛は天下を信長ではなく秀吉に取らせたかったようなんです。そこで官兵衛は、秀吉に天下を取らせるために信長暗殺を企てます。

当時、信長に次ぐ人物は主君である秀吉と、ライバルでもある明智光秀。秀吉を天下人にするためには、信長と光秀がジャマなわけです。こうした関係性から、あるシナリオを思いつきます。

「光秀をけしかけて信長を亡き者とし、謀反を起こした光秀を秀吉が討つ」というシナリオを。

あの黒田官兵衛なら、このような策を考えてもおかしくないのではないでしょうか。そして実際に、光秀は本能寺の変を起こし、秀吉は山崎の戦いで光秀を討ち、天下人にのし上がっていったというわけです。

本能寺の変が起きた日から、わずか10日で光秀を討った秀吉。秀吉がいた場所から本能寺周辺まで、200kmもあります。そのような距離を、甲冑を着て、重い荷物を持ち、大人数で行けると思いますか?

そもそも本能寺の変が起こったと、なぜすぐに知ることができたのかも不思議です。しかし、官兵衛がこの謀反を予期していて、事前に準備をしていたのなら話は別です。

官兵衛は秀吉にも内緒で行ったのか
実は秀吉も知っていたのか

このあたりは分かりませんが、黒田官兵衛が本能寺の変を仕組んだ黒幕だったというのには説得力があるような気がします。信長も光秀も秀吉さえも、官兵衛の手の上で転がされていたのかもしれません。

信じるか信じないかはあなた次第です。

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